「照國」こと、大野萬蔵(旧姓・菅萬蔵)は、秋田県雄勝郡秋ノ宮村夜牛に大正8年1月10日に出生した。
「照國」のしこ名は、伊勢ケ浜親方(清瀬川)と親しい酒井忠正伯がつけたもの。由利郡大内町出身の國光(最高以十両二枚目・奥山鉄太郎・元天理教布教師)の名前をひっくり返したものだと言う。
照國の相撲については、いろいろな形容詞で言われている。「桜色の音楽」、「相撲人形」、「動く錦絵」、「白き巌」など等。やわらかい餅のような肌で、どっしり構え、立ち上がると巨腹をあおりたててより進む姿は、まさに「白き巌」だった。
全盛期は身長176cm、体重161キロの超アンコ型で赤ちゃんみたいな、かわいい顔だった。
雲龍型の土俵入りは、際立って美しく、生きた相撲人形、動く錦絵であった。桜色の音楽とは、無駄のないリズミカルな動きと、色白な肌に血の気がさして、次第に桜色になっていく様子から言われたもの。
当時、記録破りのスピード出世で、初土俵は昭和10年1月。11年1月に序ノ口に上り、八場所目の20歳4ヶ月で入幕した。
14年5月・前頭15枚目---11勝4敗
15年1月・前頭2枚目----12勝3敗
15年5月・張出関脇-----11勝4敗
16年1月・関脇---------12勝3敗
16年5月・関脇---------13勝2敗
17年1月・大関---------12勝3敗
17年5月・張出大関-----13勝2敗

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